今日の大谷翔平。
代打で出場。
1打席1打数0安打0打点0得点0三振。
チームは敗け。
ファーストゴロだった。
麻生太郎が、「セクハラ罪という罪は無い」と言って批判を浴びている。(しかも反省していない)
「セクハラ罪という罪は無い」と言った直後に「セクハラ罪は親告罪でございまして」と言っていて、『無い』と言いつつ『ある』ことを前提とした発言をするという矛盾。
で、矛盾は良いとして、この麻生太郎の発言が現状を端的あらわしているんだと思う。
『セクハラ』というと、やってることに対して、なんとなく軽い感じに感じてしまう。
だから、『セクハラ』じゃなくて、元々ある日本語で言えばいい。
(『いじめ』も同じ)
『セクハラ』は、それが認識されてなかったときに、そういうのがあると皆に知らせた功績がある。が、その使命は終わったと思う。
引退したほうが良い
小さい会社に勤めている人の特徴。
言われた通りにしない。
枕詞を付けると、馬鹿のくせに言われた通りにしない。
大谷翔平を語るときに、「ピッチャーで出場しているのを見るとピッチャーに専念すればいいと思うが、バッターで出場しているのを見るとバッターに専念すればいいと思う」というようなことを言う人が多い。
が、この「ピッチャーに専念すればいい」と「バッターに専念すればいい」の意味は違う。
「ピッチャーに専念すればいい」は、ピッチャーに専念したらピッチャーとしてのパフォーマンスが上がって更に活躍できる。
「バッターに専念すればいい」は、バッターに専念したらパフォーマンスは今のままでも物凄い記録が出せる。
のような意味。
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